[2022.6]【中原仁の「勝手にライナーノーツ㉓」】 Victor Kinjo 『Terráqueos』
文:中原 仁
歴史的に、沖縄からブラジルへの移民はとても多く、沖縄県人会の会員数は各県人会の中でも最大規模。宮沢和史さんも先月の『沖縄のことを聞かせてください』著者インタビューの中で、次のように話していた。
「で、最終的にここ何年か、サンパウロでの移民110周年の式典や、サンパウロの「沖縄まつり」でゲストで歌ったり、というのが今、僕にとっていちばん濃密なブラジルとの交流です。コンサートやレコーディングをしてきましたけれど、やっぱり日系人の人たちの手助け、助言がすごく大事だったんですよね。僕が関わる日系人の人たちって、うちなーの人が多かったんです。沖縄県人会の人たちと交流する機会が他の県より多くて、世界中にいる沖縄の人たちが視野に入ってきて、そういう人たちと交流したいというのが音楽家としての一つの夢になっていきました」。
今月、紹介するのは、サンパウロ生まれの沖縄系3世の音楽家、ヴィクトル・キンジョウが5月にデジタル・リリースしたセカンド・アルバム『Terráqueos』(テハケオス)。発売元は、90年代末からトンガリ系の音楽を中心にリリースしてきたサンパウロのレーベル、YB Musicだ。
僕がヴィクトル・キンジョウというシンガー・ソングライターの存在を知ったのは、2016年10月の沖縄。月末の「第6回世界ウチナーンチュ大会」に参加すること、自身のライヴも行なうことを、沖縄とブラジルを結ぶキーパーソンの翁長巳酉さんから聞いた。その時に受け取ったフライヤーには、名前が金城ヴィトル(Vítoru K)とクレジットされていた。大会の前に帰京したので彼に会い、歌を聴くことは出来なかったが、彼は「世界ウチナーンチュ大会」でアルベルト城間と知り合って親友になったことを、後にアルベルトが書いている。
翌2017年、ヴィクトル・キンジョウはファースト・アルバム『Kinjo』をYB Musicから発表した。
全9曲、すべて共作を含むオリジナル曲で、英語の1曲を除きポルトガル語。アコースティックなサウンドが基調で、北東部やアマゾン地域などの多様なリズムを反映する一方で、ショーロ調の曲もあり、ロックやスピリチュアル・ジャズや南米のフォルクローレの要素も織り交ぜていて、音楽的なバックグラウンドがとても広い。1曲目の途中で一瞬、うちなーぐちの掛け声も聞こえてくる。歌詞も自然をテーマにしたものが多く、伸びやかな高音の歌声が快い。このアルバムを通じ、ヴィクトルは2018年発表の「第29回ブラジル音楽賞(Prêmio da Música Brasileira)」ヘジオナル(地方音楽)部門のベスト男性歌手にノミネートされた(受賞はメストリーニョ)。
2019年には、喜納昌吉の名曲「花~すべての人の心に花を」にポルトガル語の歌詞をつけた「Flores para o Coração da Gente」をシングルでリリースした。
ヴィクトルは音楽家、そして研究者でもある。カンピーナス大学で社会科学の博士号を取得し、河川の再生と浄化、沖縄のディアスポラなどを研究。サンパウロ大学高等研究所でポスドク研究員もつとめている。
今年の3月から5月上旬まで、国際交流基金の研究員として来日。主に沖縄に滞在して水質汚染の調査を行ない、沖縄市でアルベルト城間、高良結香とのジョイント・コンサートも行なった。
そして5月、「地球人」を意味するセカンド・アルバム『Terráqueos(テハケオス)』を発表。東京でリリース・ライヴ(トーク&ライヴ)も行なった。ブラジルと沖縄に基軸を置き、とてもていねいに作りあげたアルバムで、様々な言語で歌い、地球の環境を守ることの大切さ、そこに暮らす全ての人々への平和のメッセージを発信している。
『Terráqueos』のオープニングは、ブラジルのモダニズムの先達、オズヴァルド・ヂ・アンドラーヂが先住民の言葉(トゥピ・グァラニー語)を引用した詩の一節「Kandie Kwe」で始まり、沖縄民謡の名曲「てぃんさぐぬ花」へメドレーで流れる。
続いてカエターノ・ヴェローゾの名曲「Um Índio」。途中から、うちなーぐちの掛け声も入り、この曲の数あるカヴァーの中でも出色の個性を発揮したヴァージョンだ。
2021年に先行リリースした「Vem pro rio」は “川においで” を意味するオリジナル曲で、サンパウロ州を流れるチエテ川の汚染がテーマ。途中に語りも入り、音楽家/研究家、ヴィクトルの真価を発揮した曲だ。チエテ川で撮影したミュージック・ヴィデオもある。
中盤は英語で歌う「Respect」、フランス語で歌う「Chant du matin」とオリジナル曲が続く。そしてジョアン・ドナートが作曲、ジルベルト・ジルが作詞した、バイーアの海が舞台の名曲「Lugar Comum」は、ほぼ三線の弾き語り。これが見事な、例えて言えば “ドリヴァル・カイミ meets 嘉手苅林昌” なハマリ具合だ。アルバムではヴィクトル・オオシロが三線を演奏しているが、東京のライヴではヴィクトル・キンジョウが自ら演奏した。
スペイン語で歌う「Todo Cambia」は “全ては変わる” を意味する、メルセデス・ソーサの歌で名高いフォルクローレ。そして最後はヴィクトル・オオシロらと共作、うちなーぐちで歌う「Uchiná」。歌詞にこめた“ゆいまーる”(助け合う)、“いちゃりばちょーでー” (一度会えば兄弟)といった沖縄を代表する言葉は、ヴィクトル・キンジョウからすべての人々への、真心をこめたメッセージでもあるだろう。彼の音楽には思索する哲学者の表情もうかがえるが、とっつきにくさはない。暖かな歌声が大自然と調和し、聴き手の心を理想郷へと誘う。
(ラティーナ2022年6月)
ヴィクトル・キンジョウ公式サイト
https://ja.kinjo.com.br
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