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[2022.12]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~3】 Wizkid (ナイジェリア)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 2010年代の半ばあたりからワールドワイドに支持されるようになってきた〝アフロビーツ〟隆盛の立役者として、常に注目を集めてきたナイジェリアのウィズキッド。特に、彼が2014年に発表した2枚目のアルバム『Ayo』に収録された「Ojuelegba」は、秀逸なトラック・メイキングとメロウな歌声の絶妙さによって欧米圏のミュージシャンやプロデュ―サーからも称賛され、ヒップホップ~R&B以降の世代によるアフリカ発の音楽への関心を一気に高める発火点となった。その後は、ドレイクが16年に大ヒットさせた「One Dance」へのフィーチャリングでの参加、アフリカだけにとどまらない世界のメインストリームを射程圏に入れた17年リリースのアルバム『Sounds From the Other Side』によってアフリカ発の新たなポップ・スターとしての立ち位置を不動のものとしてきたわけだが、通算5枚目のアルバムとなった最新作『More Love, Less Ego』は、改めて彼のミュージシャンとしての着実な深化や成熟を感じさせる素晴らしい仕上がりとなっている。

 世界的なブレイク以降は膨大な数のフィーチャリング仕事もこなし、常にアフロビーツの顔役としての存在感を示してきたウィズキッドだが、自身名義の楽曲においてはやや寡作かつ慎重過ぎるのかな…という印象もあった。むしろ彼の後からワールドワイドに台頭してきたバーナ・ボーイの方が、インパクトのあるシングル曲やアルバムを継ぎ早に連発し、勢いにおいては完全に上回っていると感じていたのは筆者だけではないだろう。とはいえ、ビヨンセが映画『ライオン・キング』にインスパイアされて19年に制作したアルバム『the Lion King : The Gift』に収録された名曲「Brown Skin Girl」におけるシンガーとしての魅力を存分に発揮した客演、バーナ・ボーイ、スケプタ、エラ・メイ、H.E.R.といった豪華な顔ぶれを迎えて20年にリリースした4thアルバム『Made In Lagos』も多彩にしてクオリティの高い楽曲が並ぶ秀作で、しっかりと要所で健在ぶりをアピールしてきた。また、タイトルからは生まれ育ったラゴスの街から自分の音楽を発信し続けていくという意思も読み取れ、世界標準のサウンド・プロダクションとローカルな感覚を両立させる彼のスタンスを再認識させた。

 そして、届けられた最新アルバム『More Love, Less Ego』は、これまでの作品と比べればゲスト勢の顔ぶれの豪華さは控えめながら(ちなみに、世界進出前に制作された『Ayo』すらもフェミ・クティやラッパーのエイコンらを迎えていた)、統一された音のトーンで作品としての完成度を高めたトータル性重視のアルバムとなっている。楽曲に関しては恋愛とセックスを題材としたものが多いようだが、タイトルからもどこかストイックな姿勢が感じられ、聴いた印象としてはこれまでの作品で最も地味かもしれないが音の細部にまで美意識が行き届き、練り込まれたビート・パターンの変化やメロディの切り口の豊富さによって聴く者を最後まで飽きさせない。トラックの大半は、前作『Made In Lagos』と同様にイギリス在住のナイジェリア人プロデューサーであるP2Jが手がけており、その意味では前作の延長線上にあるアルバムなのだが、ダウン・テンポなハウスや近年に南アフリカの音楽シーンを席巻してきたアマピアノなどを巧みに消化し、アフロビーツの典型に陥らない一歩進化した音世界を提示している。P2Jは、ビヨンセの最新作『ルネッサンス』でも1曲起用されていたが、そこでのハウス~ディスコ色を強めたフューチャリスティックな音世界とも通じるものがあり、最先端のトレンドを今のアフリカ流儀で表現したものとも言えるかもしれない。

 そんな音作り面でのクールな斬新さとともに、ウィズキッド自身のシンガー/ソングライターとしての才が浮き立っている点も本作の大きな聴きどころであり、キャリアを重ねながら明らかに成熟した境地へと達してきたことを窺わせる。端的に言ってしまえば、曲が良い。それは、振り返ってみれば彼が世界に躍り出るキッカケとなった「Ojuelegba」から際立っていた個性ではあるのだが、数々の大物とのコラボも経て、ワールドワイドな現場で着実にさらに磨き上げられてきたメロディメイカーとしての非凡さが、ストイックなサウンド・メイキングの本作において改めて前面に出てきているように感じられる。また、アマピアノからの影響が最も強く聴き取れる4曲目の「2 Sugar」における、2002年生まれの新鋭シンガーであるAyra Starrの抜擢なども効果的で、アフロビーツの最新型にしてグローバル・ポップとしても他にないスタイルを提示した会心作となっている。

吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2022年12月)


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