[2023.3]【連載シコ・ブアルキの作品との出会い㊴】 私が感じる全て — Todo o sentimento
文と訳詞●中村 安志 texto por Yasushi Nakamura
1987年、シコ・ブアルキは、自身のファーストネームを冠したアルバムFranciscoを制作した際、多くの曲で、粋なベテラン・ピアニスト、クリストヴァン・バストスの参加を得ました。このクリストヴァンと一緒に作った中でも、特に名作となっている「Todo o sentimento」は、シコの作品の中でも出色の美しいメロディーと歌詞が心を打ちます。
アルバム・リリースの翌年となる88年、TVグローボで大人気を博した夜8時の黄金時間帯ドラマ「Vale tudo(なんでもあり)」において、ミナス・ジェライス州出身の人気作家フェルナンド・サビーノの娘ヴェロニカ(Verônica Sabino)の声でこの歌がフィーチャーされ、更にヒット。2011年~12年にかけて放映されたTVグローボのドラマ「A vida da gente(僕らの人生)」でも、再び採用されるという、ロングセラーぶりも見せました。
80年代後半は、人権抑圧に対する積年の抵抗から解放された時期でもあり、シコが社会問題に向けていたまなざしが、人間自身に向かう機会が増えた印象があります。この作品では、まさに、包み隠さぬ人の感情に焦点を当て、掘り下げる作風が光っていると思われます。
歌は、やがて病に倒れ、死別するかもしれないという流れにおいてさえも、一旦私は離れるが、また出会うとか、あなたの傍で追いかけていくと、健気な姿を独白する内容になっています。長い年月の途中、病に倒れるかもしれない人生、なんとか生きていこうとすることや、いつ終わるかもしれないことが誰しも避けられない中で、ゆっくりと愛せればという気持ちと同時に、先がないかもしれないから「緊急に」と、自然に浮かぶ焦りについても語っていく。はかない人間に課された時の制約にも目を向けた内容となっていると思われます。
⬆87年のTVドラマでヴェロニカが歌ったTodo o sentimento
様々なアーティストの作品誕生のきっかけなどを伝える作家のヴァギネル・オーメンとルイズ・ロベルト・オリヴェイラは、このしっとりとしたロマンティックな歌は、最初はもっと明るく弾むようなサンバ調で作られていたのだが、レコードの収録中に、録音エンジニアが一斉にストライキを起こしてしまったがために、レコーディングに参加していた演奏者の間で、既に録音作業済みの曲について「アレンジをもう一度いじってみようか」という話になり、その結果、実際にシコのレコードに収められた、ロマンチックな響きのものに変わったのだと説明しています。
この曲の作曲者であり、名ピアニストのクリストヴァン・バストスが伝える話も、拾っておきましょう。彼のインタビューによれば、シコの素晴らしい歌詞が作られるよりも前に、曲のメロディー自体は出来上がっていたのだそうです。最初、曲ができたばかりの頃、たまたま聴かせることとなったシコの姉で名歌手のミウーシャがこれを大変気に入ってくれ、彼女が弟のシコに話したところ、クリストヴァンにシコから相談があり、クリストヴァンが曲だけを録音したテープを持ち帰ったシコが、インスピレーションが素早く湧いたのでしょうか、翌週には歌詞をつけて現れたのだとか。
⬆ニコラス・ファルッジアとシコ・ブアルキの共演映像
ちょっとした出来事を経て、ゆったりとしたラブソングに仕上がったこの歌ですが、アルバム・リリースから35年後となる2022年、アルゼンチンとイタリアの二重国籍で様々なスタイルの歌を聞かせてみせる歌手ニコラス・ファルッジアが、この曲をレコーディングするに際し、シコに参加を依頼。シコが快くこれを受ける、という展開もありました。(曲名は、イタリア語版でTutto il sentimentoとなっています。 )
実は、この最新録音に先立って、2014年フィレンツェでニコラスを紹介された大学教授が、シコ・ブアルキの作品200曲以上をイタリア語で歌えるようまとめた歌集を手にしており、ニコラスがそこから気に入ったというこの歌を、歌集の出版と併せて歌って世に出したところ、シコ本人がそれに対する謝意を伝達したエピソードがあります。温かい交流を経た後に、二人の共演が実現したという、息の長い流れが存在している訳です。
(ラティーナ2023年3月)
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