[2022.5]【連載シコ・ブアルキの作品との出会い㉕】カーニヴァルでの苦々しい再会 — 《Quem te viu, quem te vê》
文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura
ブラジルにおいて、カーニヴァルは、多くの市民の節目となる年中行事。日本の夏祭りの夜の幻想が、それまでの暮らしの回想や、その先の夢をもたらすことがあるように、ブラジルの人々にとって、日々暮らすコミュニティでの生活や人間関係の変化、夢に描いていることが更に膨らんだり消えてしまったり。お祭りとは、そんな様々なことが起きる、非日常のひとときなのかもしれません。
↑この曲の最初の録音となるナラ・レオンのレコードから
今回ご紹介する歌は、かつて自分のカーニヴァル・チームで最高にお気に入りだった元恋人の姿をカーニヴァル本番で見かけた男性が、今や別世界で暮らし、会場を見下ろす上等席に座りに来た昔の彼女に何か言える立場になく、地上で踊る自分の姿を見てもらいたいのだが、「おまえは意識せず、観光客のふりでもしていてくれ」と、切ない気持ちを独白する「Quem te viu, quem te ve(前とは随分変わったね)」です。この連載の21回目でご紹介した「Com açúcar, com afeto(砂糖と、愛情と)」と同様、ボサノヴァ期以降に社会運動家としても活躍した歌姫ナラ・レオンの録音により、世に出されました。
歌詞を、少し追ってみましょう。まず、「君は最も美しい踊り手(cabrocha)だった」。cabrocha(カブローシャ)とは、白人・黒人混血の女性で肌の色がやや濃い人を指す一般名詞ですが、カーニヴァルのチームで上位のダンサーを指す言葉でもあります。主人公が、チームにおいて、隊列の先頭を進む旗持ちのサポート役であるメストリ・サーラだったというのは、この女性よりも主人公が地位の低い踊り手であったことを暗に示しており、その主人公は今もチームの一員として、パレードに出場している現状にあります。
「僕の眠りは君の腕に包まれていた」というフレーズでは、二人がかつて一緒に暮らしていたことが示され、「まだ場所が空いていることを/バラックの中、そしてチームの中に」と、スラムの中の質素な住まいにも、パレードのチームの中にも、いつでも戻ってきてほしいという本音が打ち明けられています。
一方で、女性はもはやチームの一員ではなく、どこか別な場所で、比較的良い生活のできる身分になっているように見受けられます。今夜彼女が踊る場所は、主人公の男性が招かれざる、カーニヴァルの特等客席なのではないでしょうか。そのような苦々しい現実の中で、「君の玄関の前で思い出す」と、主人公が今でも思いを寄せている描写が続きます。
女性は、貧しいスラムの社会での生活に見切りをつけ、違う世界に移っていったのでしょうか。「僕にはよくわからない/美しいある日にお姫様遊びをしていた人が/幻想に慣れきってしまったのはなぜか」と、お祭りのひとときだけのお姫様であったはずの彼女が、本当にお姫様の世界を追求し、出ていってしまったことも、間接的に表現されています。
この歌は、1967年2月16日、テレビ局Recordが、前年のシコのヒット曲「A banda」に出てくるフレーズから名付けた「Pra ver a banda passar(楽隊が通るのを見に)」という歌番組において、シコとナラの共演で初演さました。二人は、本番ややあがってしまったのか、演奏がおとなしく聞こえたようであり、辛口司会者と言われるマノエル・カルロスが「最高に会場を盛り下げるカップル」と皮肉ったと記録されています。しかし、歌は人々の心を掴み、その後間もなくラジオで連日のように流れるようになりました。
主人公が語る切ない思いを描いたこの歌を、シコは、サンバ歌謡の大御所アタウルフォ・アルヴェス(Ataulfo Alves、1909年生まれ)のスタイルで作ったと述べています。シコは、アタウルフォの大ファンだそうで、テレビ局Recordの近くの酒場でよく顔を合わせてもいたといいます。(皮肉なことに、アタウルフォは、この曲がヒットして2年後となる69年に、この世を去ってしまいました。)
この歌は、実際に顔を合わせることができない主人公に成り代わり、歌い手が、秘められた気持ちを意中の異性に向け発信する、昔のポルトガルで流行した吟遊詩人の手法で書かれているという見方も存在します。また、豊かな社会の男に気に入られ、スラムの山から降りていってしまった美女を描いている点で、往年のサンバの王様Dungaが1956年に作った歌「Conceição(コンセイサンという女性の名)」とストーリーが似ており、庶民の心に馴染みやすいテーマだったのではないか、とも評されました。高度で時に難解な技巧を駆使することで知られるシコですが、伝統的な歌謡曲のスタイルにも光を当てながら、人々の心を率直に描き、多くのファンに注目されてきたということでしょう。
シコの試行錯誤の記録も、後年見つかっています。ジョビン財団が公開している手書きメモの中に、この歌の2番の歌詞として、「サンバが始まると/君はちょうど真ん中にいた……」といった内容が下書きされ、斜線で消されているものがあります。
リオ生まれのシコ・ブアルキ。シコがデビューしてから初期の作品の歌詞には、カーニヴァル、サンバ、ギターといった言葉が入ったものが多くみられます。「苦しみは家に置き、王様の格好をして出てきたが、水曜には必ず幕が降りる」と歌う「Sonho de carnaval(カーニヴァルの夢)」、「皆が全員サンバを踊ったなら、生きることはもっと楽なはず」と歌う「Tem mais um samba(サンバがもう1つ)」がよく知られています。
↑シコの初期の名曲Tem mais samba
シコは、ナラの初録音の前に、曲を少し短くしたいとして、「僕のサンバは君のステップを刻んでいた」から「バラックの中、そしてパレードチームの中に」という部分までを割愛することを提案しました。しかし、ナラは、オリジナルの全歌詞を収録。これで成功したため、その後注文はつけにくかったようですが、シコ自身が歌う場面では、この一節が飛ばされることが多かったようです。
ナラ・レオンは、自身の7枚目のアルバム『Vento de maio』の中にも「Quem te viu, quem te vê」を収録。「Com açúcar, com afeto」なども入ったこのLPはよく売れ、シコとナラの2人組は、上述のテレビ番組(「Pra ver a banda passar」)の最終回に招かれ、改めて出場。「最高に会場を盛り下げるカップル」とされた汚名も、無事返上することになりました。
(ラティーナ2022年5月)
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