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[2022.5]【連載 シコ・ブアルキの作品との出会い㉔】女性を力強く代弁した歌 — 《Sob medida》

文と訳詞●中村 安志  texto & tradução por Yasushi Nakamura

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 70年代、各国社会において女性が不利な立場に置かれることが多かった中、ブラジルでは男性のシコが女性に成り代わり、一人称で歌う形式の歌をいくつも創作してきたこと。この連載の初期において、そうした例をいくつかご紹介しました。

 今回は、女性が遠慮がちに語るかもしれないと想定される場面で、自身の存在や気持ちを、男勝りな勢いで主張してみせた歌、「Sob medida」をお送りします。バスケットボールのブラジル代表選手から歌手に転向し成功した、シモーネの声でヒット。更にカエターノ・ヴェローゾの妹マリア・ベタニアやファファー・ジ・ベレンなどの女性歌手も、これを熱唱し、好評を博しました。

↑シモーネが歌うSob medida

 この歌が制作されたのは、1979年。64年からの軍政がまだ続いており、社会風潮としても、男性優位的な色彩がかなり目立つ時代において、シコは、女性が主人公となって堂々と語るこの歌を送り出していたことも頭に入れながら、読み解いていきます。

 まず、曲のタイトルである「Sob medida」というポルトガル語は、背広などを、個人個人のサイズにぴったり合わせて作る仕立て(テイラーメード)を指す言葉です。歌の中で次々と台詞を投げかけていく主人公の女性は、「私は、そこまであなたにピッタリ合う女なのよ」と、確固たる自信に満ちた声で、力強い物言いをしていきます。

 最初は、「あなたが神を信じるのなら……」という台詞から始まります。シコは、表現手法として、聖書の言葉や宗教的な語り方を用いることがよくあります。この作品では、男の側にありがちなわがままを、より高次元な宗教的理由で弾き返すかのような言葉として、効果的に響いているようです。

 さらに進んでいくと、この歌の中では、立場の強さはむしろ女性の側にあることが感じられます。登場する相手の男は、主人公の語る言葉によれば、女の側に「媚を売っている」とあるほか、「この男が私を好んで選んだのだ」という設定になっています。

 そして、この主人公の女性は、相手の男といろいろな意味で一致する存在だという主張を繰り返すとともに、自身の欠点についても、赤裸々な言い方でとりあげていきます。自分は「ギャングだ」と述べたり、「外をふらつく娘だ」と語ったり……。この歌が書かれたやや古い時代において、女性に一般的に求められていた良妻賢母などの理想像とは程遠い素性をわざと列挙し、そんな要素も含めて「私はあなたにピッタリの相方なのよ」と迫っていきます。

 自分が相手にぴったりな女だと言うことによって、相手の男性についてもどこか普通の線から外れた人間であること(犯罪か何かを犯しているかもしれない)を暗示しながら、同時に、ありとあらゆる性質や素性を晒すことによって相手を口説く、誘惑の歌として捉えることも可能でしょう。

 更には、兄弟姉妹のような親しみある関係、あるいは友人的存在としての自分をアピールする場面も出てきます。過激にも示される近親相姦という言葉から示唆される近すぎる関係は、キリスト教社会でも禁句とされる領域ですが、そんなところにもわざと踏み込み、物事にぐいぐいと迫る雰囲気を演出しているのかもしれません。

 また、途中で今度は、謙遜する訳でもないのに、自分は「役に立たない人間」と称する部分が出てきます。このあたりは、自分が相手とそっくりだと述べていることとのセットで、二人とも罪深き俗世に生きる取るに足らない人間なのだと主張しているとでもみておけば、わかりやすいかもしれません。そのせいか、女性は自らを、(アダムの)肋骨から生み出された娘(イヴ。ポルトガル語ではエヴァ。)と称しており、罪深き人類の始まりを象徴する人間のつがいだと思わせている。言葉の魔術師シコの歌には、こうした巧妙な仕掛けが随所に散りばめられており、寓話なども絡めた謎の多い歌詞は、小説並みに言葉の勉強になる奥の深さを湛えています。

映画“殺人者の共和国”のポスター

 私も最近まで詳しくは承知していなかったのですが、この歌はもともと、同じ1979年に出された「殺人者の共和国」(República de Assassinos)という映画のためにシコが依頼され作った曲の1つで、映画監督の注文に対するまさに「仕立て」品なのだそうです(この映画の監督は、後年、故エリス・レジーナの伝記映画などを制作したミゲル・ファリアJr)。

 映画は、軍政時代、特に70年代に暗躍した、権力者に都合の悪い人物を暗殺し、時に見せしめのため残虐な形で殺して回った、警察官などで構成される殺人者集団、俗称「死の部隊」を描いた、ややおっかない作品です。シコは、時代の残虐な支配者に対する抵抗の精神を、こうした端から端までラブソングと思われる歌の中にまで忍ばせていたのではないか、とさえ想像してしまいます。もう1つ注目すべきことは、登場する殺人者たちのリーダーとなっているのは、荒くれタイプの男ではなく、エロイーナという女性の名前を冠した性転換した元男性であるといった点。「私は、あなたそっくりに仕立てたような女」という歌詞の言葉も、元の男性に合わせて転換された女性の存在に着目して作られたのではないかとみる人もいます。

↑映画『殺人者の共和国』の中で、エロイーナが 「Sob medida」を歌うシーン

 そういえば、ある学説によると、アダムの肋骨から女性のイヴが造られたという旧約聖書の話は奇異であり、古代メソポタミアの物語「ギルガメシュ叙事詩」の中にあった言葉をヘブライ語に訳したときに、誤った置き換えをした結果ではないかという話があるそうです。

 これによると、旧約聖書の創世紀「ノアの箱舟」の大洪水と似た話が、ギルガメシュ叙事詩の中にあり、その中の元の言葉は「命ある女性」とも読めるところを、命の部分を肋骨という意味にとらえて「肋骨でできた女」という趣旨に訳してしまったのだとか。骨から作られたのではないにしても、骨身に染みるだけの密接さというものが、このシコの歌では表現されているような気がしますね。

著者プロフィール●音楽大好き。自らもスペインの名工ベルナベ作10弦ギターを奏でる外交官。通算7年半駐在したブラジルで1992年国連地球サミット、2016年リオ五輪などに従事。その他ベルギーに2年余、一昨年まで米国ボストンに3年半駐在。Bで始まる場所ばかりなのは、ただの偶然とのこと。ちなみに、中村氏は、あのブラジル音楽、ジャズフルート奏者、城戸夕果さんの夫君でもありますよ。

(ラティーナ2022年5月)

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