文●編集部
今年のグラミー賞に「Best Jazz Vocal Album」部門で、ブラジル音楽の至宝ミルトン・ナシメント(82歳)が、エスペランサ・スポルディング(40歳)と共同制作したアルバム『Milton + Esperanza』でノミネートされていた。エスペランサの企画・プロデュースにより実現した完全コラボレーション作品で、ミルトンの60〜70年代の作品の再録音が中心のアルバムだった。 『Milton + Esperanza』は、日本国内でも愛聴され、ブラジルディスク大賞2024でも、一般投票部門で1位、関係者投票部門5位であった。
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第67回グラミー賞の授賞式は、2025年2月2日(現地時間)に、アメリカ・ロサンゼルスのクリプトドットコム・アリーナで開催され、日本時間では、2025年2月3日(月)午前9時から行われ、WOWOWプライムおよびWOWOWオンデマンドで生中継もあった。
同授賞式に招待されたミルトンとエスペランサは、一緒に会場に向かったが、ミルトンには「席」が用意されていなかった ── グラミー賞の授賞式の席には2種類ある; 「テーブル席」:「主要なアーティスト、ノミネートされたアーティスト、業界関係者が座るエリア」 「スタンド席」:「一般の観客、ゲスト、関係者の一部が座るエリア」
エスペランサには、テーブル席が用意されていて、ミルトンには、一般の観客とも同じ、スタンド席が用意されていた。エスペランサは、主催者に抗議したが、対応は変わらず、ミルトンは、式に出席しないことを選んだ。この状況に抗議するため、エスペランサは「この生ける伝説がここに座るべきだった(This living legend should be seated here)」と書かれたミルトンの写真入りのボードを掲げて授賞式に臨んだ。
【写真に添えられたエスペランサのコメント】 Soooo, Milton was refused a seat at the tables for this years ceremony. that didn’t sit right with me. (I’m not talking about a Grammy win. We are celebrating the glorious @samarajoysings win, I’m talking about a physical seat…here at this table I’m sitting at. I’m mad this living legend wasn’t considered important enough to sit among the A Listers, or however tables on the main floor are organized. So, I had to bring him with me. 😅 Shout out if you see us on TV ✌🏾 ────────── 【拙訳】 「えーっと、今年の授賞式でミルトンはテーブル席を拒否されました。それがどうにも納得いかなくて。 (グラミー受賞のことを言ってるんじゃないよ。私たちは @samarajoysings の素晴らしい受賞をお祝いしてる。でも、私が言ってるのは物理的な席のこと…今私が座ってるこのテーブルに、ミルトンがいないこと。この生ける伝説が、Aリストの人たち(もしくはメインフロアのテーブルに座るべきとされる人たち)の間に座る価値がないと見なされたことに腹が立つ。だから、彼を連れてくるしかなかったのよ😅テレビで私たちを見つけたら声かけてね ✌🏾)
※「Best Jazz Vocal Album」部門は、サマラ・ジョイ(Samara Joy) がアルバム『A JOYFUL HOLIDAY 』で受賞し、『Milton + Esperanza』は受賞を逃した。 グラミー賞の授賞式で何が起きたかについて、ミルトン・ナシメントのSNSで、ミルトンのチームがコメントしている。その投稿に、2万5千以上(2025年2月7日現在)の〝コメント〟が付いており、関心の高さが伺える。
【写真に添えられたミルトン・チームのコメント】 Esclarecimento: O cantor e compositor Milton Nascimento não foi barrado e nem privado de ter um assento na cerimônia principal do Grammy. Um dia antes, quando observamos os convites, constatamos que a Academia havia destinado um lugar para Esperanza, artista com quem Milton divide o disco indicado, nas mesas, entre os artistas principais ali presentes, enquanto destinaram para a lenda brasileira um lugar na arquibancada, desconsiderando não só toda a sua trajetória e prestígio em todo o mundo, como a sua idade avançada e impossibilidade de subir ou descer escadas. Quando questionados pela equipe de Esperanza, alegaram que ficariam nas mesas apenas os artistas que eles queriam no vídeo. Tendo em vista a carreira vitoriosa, o reconhecimento e o respeito conquistado pelo genial artista brasileiro, optamos pela ausência dele na cerimônia principal. Obrigado por todo o apoio, carinho e preocupação que todos estão nos dedicando. O Brasil é gigante, tal qual é Milton Nascimento.❤️ ────────── 【拙訳】 説明 シンガーソングライターのミルトン・ナシメントは、第67回グラミー賞のメインセレモニーへの入場を拒否されたわけではなく、席を与えられなかったわけでもありません。 しかし、授賞式の前日に招待状を確認したところ、アルバム『Milton + Esperanza』で共演したエスペランサ・スポルディングには、主要アーティストたちが座るテーブル席が用意されていた一方で、ミルトンには観客席(スタンド席)が割り当てられていたことが判明しました。 これは、彼の音楽キャリアや世界的な評価を無視するだけでなく、高齢であることや、階段の上り下りが困難であることを考慮しない扱いでした。 エスペランサのチームがこの件について主催者側に問いただしたところ、「映像に映したいアーティストのみをテーブル席に配置する」との回答を受けました。 これらの状況を踏まえ、ミルトン・ナシメントの長年の功績、世界的な評価、そして彼が築き上げた尊厳を守るために、彼はメインセレモニーへの出席を控えるという決断を下しました。 皆さんからのサポート、温かいお言葉、そしてご心配に心より感謝いたします。
ブラジルは偉大であり、ミルトン・ナシメントもまた、それと同じくらい偉大な存在です。❤️
◆ なぜミルトンだけが排除されたのか?
彼らの怒りは当然だ。ミルトン・ナシメントは、グラミー賞のためにわざわざ渡米したにもかかわらず、彼の相棒であり共作者であるエスペランサにはテーブル席が与えられ、なぜかミルトンには認められなかった。 ミルトンは決してゲスト・アーティストではない。『Milton + Esperanza』は両者が対等に名を連ねるアルバムであり、その存在自体がミルトンの音楽への情熱と影響力の証だ。 もし仮に、両者ともに座席を与えられなかったのなら、少なくとも平等な扱いと言えたかもしれない。しかし、エスペランサには座席があり、ミルトンにはなかった。この差別的な扱いに、正当な理由はあるのか?
◆ ミルトン・ナシメントの功績を軽視する愚行
ミルトン・ナシメントは、1998年にアルバム『Nascimento』(1997年)でグラミー賞「最優秀ワールド・ミュージック・アルバム」を受賞した経歴を持つ。さらに、1974年には故ウェイン・ショーター(1933-2023)と共にアルバム『Native Dancer』(1975年)を制作し、ジャズ界にも確かな足跡を残している。 現在82歳となるミルトン。音楽の歴史を象徴する存在で、まさに「生ける伝説」。そんな人物をぞんざいに扱うことは、音楽業界全体の品格を疑われる行為と言えるのではないだろうか。かつてミルトン・ナシメントを讃えたグラミー賞が、今では彼を単なる観客席へと追いやった…。
◆ブラジル文化省は、非難声明を発表
これらの一連のグラミー賞の対応に関して、2月4日(火)、第67回グラミー賞(2025年)におけるミルトン・ナシメントへの扱いに対する非難声明を発表した。
【文化省の声明全文】 「ブラジル文化省(MinC)は、第67回グラミー賞(2025年)において、歌手、作曲家、マルチインストゥルメンタリストであるミルトン・ナシメントに対する扱いを強く非難します。 アカデミーが彼を、その音楽キャリア、国際的な名声、そして身体的な必要性を考慮しない場に配置した決定は、極めて無神経かつ無礼であり、ブラジル音楽界の最も偉大な存在の一人に対する敬意を欠いたものです。 ミルトン・ナシメントは、ブラジル文化の象徴的存在であり、世代や国境を超えて数々の賞や称賛を受けてきました。 彼の音楽は世界中のアーティストに影響を与え、ブラジル音楽を卓越したレベルへと引き上げました。 その唯一無二の歌声と記憶に残る楽曲は、彼の音楽的貢献を理解し、尊重する人々によって今後も称えられ続けるでしょう。」 「ミルトン・ナシメントは、ブラジル音楽の最も偉大なアイコンの一人であり、その唯一無二の歌声と印象的な作曲によって世界的に評価されています。 1942年10月26日、リオ・デ・ジャネイロに生まれ、ミナス・ジェライス州トレス・ポンタスで育ち、そこで音楽への情熱を育みました。 1967年、フェルナンド・ブラントとの共作である『Travessia』が国際音楽祭で2位を獲得し、全国的に注目を集めました。 彼のキャリアを通じて、ミルトンは34枚のアルバムをリリースし、数々の賞を受賞。その中には5つのグラミー賞も含まれています。 彼は、MPB(ブラジル大衆音楽)の重要な存在として確固たる地位を築きました。 また、彼の音楽はさまざまなスタイルや世代を超えて広がり、エリス・レジーナ、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、メルセデス・ソーサ、パット・メセニー、デュラン・デュランといった、 国内外の著名なアーティストたちによって演奏されてきました。 文化省(MinC)は、ミルトン・ナシメントのチームが発表した声明を改めて支持し、 「ブラジルは偉大であり、ミルトン・ナシメントもまた偉大である」 という言葉を強調します。」
https://www.poder360.com.br/poder-governo/ministerio-da-cultura-repudia-grammy-por-atitude-com-milton-nascimento/ ◆文化大臣も文化省の声明の前にコメントを発信
現在のブラジルの文化大臣は、バイーア出身歌手として活動してきたマルガレッチ・メネーゼス(Margareth Menezes)だが、彼女も以下のように発信している。
【拙訳】 私たちの愛するミルトン・ナシメントは、世界中で認められており、アメリカを含む数々の重要な称号を持っています。 #GRAMMY での彼への扱いは非常に重大な問題です。 授賞式で席を与えられなかったことは、容認できない無礼な行為です。 ミルトンは、芸術界のあらゆる栄誉に値する存在です!
https://x.com/MargarethMnzs/status/1886525173597417676 現在82歳のミルトン・ナシメントは、音楽活動は引退していないが、2022年のコンサートツアーをもってライヴ・パフォーマンスから引退している。そのコンサートツアーも、多くを座って歌っていた。歩くのも難しいのが現在のミルトン・ナシメントの健康状態なのだ。グラミー賞側はミルトンに、招待状は出したが、ミルトン・ナシメントについて全く何も知らなかったんだろうか。 ブラジルの音楽ファンや、世界中のブラジル音楽ファンは、グラミー賞のミルトン・ナシメントへのこの非礼を忘れることはないだろう。果たして、グラミー賞の運営は、ミルトン・ナシメントに対し、公の場で正式な謝罪をすることはあるだろうか。
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