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第20回タンゴダンス世界選手権レポート2 ブエノス市内で連日開催された夥しい数のイベント

レポート●本田 健治 texto por Kenji Honda

 Tango BA festival Mundial 2023の間のブエノスアイレスは、寒い中の野外の決勝はなかなか辛かったが、今年も存分に「タンゴ・ダンス」に熱く沸いた。世界中から集まってきたファンたちも朝早くから夕方までレッスン、夜は「タンゴ」のイベントを楽しみ、夜中23~24:00頃には、必ずどこかで開かれているMilongaに出没する。タンゴダンス・ファンにはたまらない2週間だ。しかし、フェスティバルのイベント会場は、あの広いブエノスアイレス中に分散している文化センターで催されるから、取材となると結構大変だ。ただあの国はタンクシー代が日本に比べて異常に安い(日本が異常に高い?)のと、今回の中間選挙で大統領候補になれなかったラレータ市長が頑張ったおかげで、市内の交通混雑はかなり改善されたので、頑張れば一日二つくらいのイベントを十分楽しめる。市のイベントは、基本的に申込制で、一杯になれば入れないが、無料と決まっている。法律で決まっていて、これを変えようとする政治家は選挙で負けるから未だに変わっていない。だから、まだこの時期のタンゴ体験をしていない人は是非一度はこの期間のブエノスアイレス滞在をお勧めする。

 今回はまず、レポートの続き開始。

 ここ数年、このタンゴダンス世界選手権を動かしているのは、総合プロデュサーサーのマルティン・フロシオ氏、芸術監督のナターチャ・ポベラフ氏を中心にした10人前後の実行部隊だ。ブエノスアイレス市の職員で大部分の決定権を持っているマルティン氏と、いわゆる「芸術面」でのアーティスト・ディレクションから、企画構成、審査員の決定、各イベントへのタンゴ・アーティストの参加要請などを一手に引き受けるナターチャ氏、更に、ブエノスアイレス中の各劇場を使ったフェスティバルでの企画・実行は、元コロン劇場でオペラ、クラシック以外のイベントの最高責任者で、自身はロック系のイベント会社を持つフアンホ・カルモーナ氏と、国立タンゴ・アカデミーのガブリエル・ソリア会長たちが激論を交わしながら仕上げてきた。

Natacha Pobrej

 ナターチャは、日本でも日本のダンス・ファンにもよく知られているし、レッスンの質も高いからアジアのダンサーたちには特に人気がある。今年、この世界選手権の20周年記念大会に、スタッフたちが掲げたのが「定評のある巨匠と新しい世代の人気アーティスト両方の接近」だった。そして、その実現のために「全ては2週間ほどで終わるけれど、私と一緒にいるチームはその実現のために1年中働く。30ヶ所以上の会場で1,000人以上のアーティストがプログラムされ、590組のダンサーが出場し、参加者数は過去最多となり、20周年の特別事業もあります。タンゴ関係者にとっては、年に一度の素晴らしい祭典ですが、今年は特別」と語ってくれた。その言葉通り、最終日のオべリスコの下に続くディエゴナル・ノルテ大通りの会場での決勝は、ホセ・コランジェロのトリオ、アメリータ・バルタール、ラウル・ラビエに、演奏は巨匠コランジェロと新時代の代表格オラシオ・ロモという組み合わせのトリオで幕を開け、この20年で生まれた世界チャンピオンたち約150人が、カルロス・リバローラの振付のショーでそのオープニングを飾った。

 さて、決勝大会については前回書いたので、今回は、少しフェスティバルの方に目を向けて書き留めたい。一応、8月23日がオープニングということで、今年100周年を迎えた第3ボカ共和国(ボカ共和国は、現実にイタリア移民たちが起こした、実際にあった話だが、長くは続かず夢と消えていた。視して、第2共和国が、あの世界的に著名なボカの画家キンケラ・マルティンが中心となって、夢の復興運動が行われたが、これはもっと文化的な集会が中心だった。そして第3共和国が丁度100年前から現在まで続く)の誕生の日付から丁度100周年。ということで、ボカの音楽家たちが、当時の衣装や楽器でカーニバルのコンパルサ(音楽ダンスなどのグループ)を組んでいるが、その彼らが中心になって今回のステージを作った。

Boca共和国のコンパルサ

 このUSINA DEL ARTE(芸術の発電所)は、この世界選手権を2003年に創始したイバラ市長が、廃墟だった発電所跡を修復・改造して始めたが、次を引き継いだテレルマン市長時代にほぼ完成、マクリが市長から大統領になった2012年に、この「タンゴダンス世界選手権」のフェスティバルや準決勝までの会場として使われるようになった。そして、この施設の改造工事と共に、ボカ地区の本格的整理、近代化がスタートしてきたという歴史がある。確かに、このUSINAの隣にある「オブレーロ」というレストランは、ブエノスの郷土料理や、安いワインが振る舞われ、ジャーナリストやメディアに政治家たちも混じって、文化人たちの格好のたまり場だったり、あのマラドーナも屯していた名店だった。その垣根を越えた語らいの中から「芸術の発電所」構想が生まれてきたのだが、その店以外は、超危険地域。筆者も、ここに行くときは金目のものは全く持たず、行き来はタクシーと決めて行ったものである。

コロン・ファブリカ
シルビア館長と

 ところが、近年のブエノスアイレスのボカ周辺の近代化計画は半端なく進んでいる。これからの観光客にはカミニート散策以外にも、大きな楽しみとなる大きな施設がオープンしている。一番のお薦めは、あのカミニートの入り口からリアチュエロ河沿いに100メートルほど奥にあった7,500㎡の倉庫を改修して作ったコロン劇場の全てのセット、美術、衣装などを置くコロン・ファブリカ。自分の背丈の何倍かあるセットがそのまま置かれていて、自由に写真も撮れる。すでに世界中からこの展示物を運ぶ企画の注文も入っているそうだが、ここは全ての市民に解放されている。そして、ここの館長はつい最近まで世界選手権をプロデューサーとして一手に引き受けていたシルビア女史。大の日本好きだから、声をかけてやると、喜んで色々案内してくれますよ。一昨年、別な市のイベントに招待されて行った時にも、打ち上げと言って使われたのも、ボカの物凄いスペースをまさに今の感覚で改修したスーパー・オフィスだった。まだ発表になっていないが、そんな進行中のプロジェクトが沢山ある…。とても経済破綻寸前とさえ言われている国のなせる技ではない現実がある。 

 話がそれてしまったが、ボカが、このタンゴ・ダンスの発展に大きく関与してきたことへの感謝から、20周年のオープニングをボカをテーマに選んだのは、この理由の他、現市長の親分で元大統領のマウリシオ・マクリ氏がボカ・ジュニールの会長職を長く務め、この地区と深い関係があったからという理由もあるらしい。

 そして、今年のフェスティバルでは、連日魅力的なイベントがいくつも組まれていたが、中でも興味深かったイベントをいくつか紹介!

8月24日(木) ステージでは、そのボカ共和国のコンパルサの縮小版が出てきたり、まだまだ現役の素晴らしい声を聞かせるネストル・ファビアンの名唱を聴けたりもした。そして、ワルテル・リオスが、ピアソラ本人から送られたというバンドネオンと、アニバル・トロイロが所有していたバンドネオンの音色を披露してくれた。

8月25日(金)サン・マルティン文化センターにて神話的ロックバンド「オホス・ロコス」の「Tango&Roll」が上映。今年は、自然発生的に生まれているエレクトリック・タンゴの紹介が目立った。フアンホ・カルモーナが中心になって行われたようだが、彼によると「最近は、マイアミ、ニューヨーク主導のブームと言うよりは、ブエノスアイレスの普通のディスコやイベントで、ロックをやっている連中がタンゴ、と言ってもピアソラが多いが、普段の自分たちのスタイルにタンゴを取り入れるグループが多くなってきたので、その彼らに場所を提供してみたら、面白い事になってきた」と言うことらしい。

8月26日(土) ニコ(ニコラス)・ソリンNicolas Sorinのオクタフォニック(エレクトリック・オクテート)のピアソラへのオマージュ・コンサート。センテナリオセンテナリオ公園の円形劇場で聴いた。ニコ・ソリンは、映画監督カルロス・ソリンの息子で、バークリーで学び、ラテン・グラミーにも度々ノミネートされている素晴らしいロック、ジャズ音楽家&キーボード奏者。特にタンゴをと言うわけではなく、スペインのミゲル・ボセーや、他のジャンルでの活動が多いが、ピアソラの新しい展開?には欠かせない音楽だ。彼自身はピアソラ・ファミリーのピピとも関係があるが、ニコの自由な発想、展開の方法も興味深い。(この映像はPiazzolla Electronico x Nico Sorin -" Adios Nonino" @Niceto Club ​)。そしてこの夜は別な場所で、タンゲットーの演奏もあったが、行けず。

8月27日(日) フリアン・センテージャ文化センターで、サンタフェから「ガト・マウラ」プロジェクト。こちらは、タンゴ・バンドを自認しているエレクトリック・バンド。タンゴに、ロックを加え、ミロンガやバルス・クリオージョ等を大胆に取り入れている。楽器は、vo, g、p, b、g、ds, g&charango。

Gato Maula Proyect

この日は、やはり、サンタフェのサンテルモ・ラウンジも出演。アルゼンチン・エレクトロタンゴのパイオニア・バンドのひとつで、リーダーでギタリスト&作曲家のマルティン・デルガドが2003年に結成した。ブエノスアイレスの深い夜、その伝説、都市伝説、そして20世紀初頭から現代までのダンスの進化を通じたタンゴそのものの歴史を旅するショー。

(次のyoutubeは今回の原稿とは関係ないが…天才ミゲル&ダイアナの技)

 国立タンゴ・アカデミーのガブリエル・ソリア会長は、ガルデル博物館の館長職が忙しいからから、Festival &Mundialの実行部隊から離れたと聞いていたが、とんでもない、ほぼ全日、博物館の小コンサート会場で毎日イベントを開いて協力していた。おかげで博物館の入場者数も物凄い人気となっていた。

8月30日(水) この日は、亡きオラシオ・フェレールの90才の誕生日ということで、タンゴアカデミーの小コンサート会場ではオラシオ・フェレール・トリビュート企画が。久々にノエリア・モンカーダの歌が聴けるというので出かけた。このコンサートの前は、「バンドリカ」

という、バンドネオンの音を他のポータブル楽器で簡単に実現できるとして評判の楽器の紹介もあったり、ノエリアの若いファンがいたりして、なかなか熱い雰囲気の中で始まった。

  ノエリアは、多くのタンゴ・ミュージシャンを生み出してきたアルゼンチン第2の年ロサリオ出身の女性歌手。とにかく器用な人で、若い頃から、歌手、女優、腹話術師、プロデューサーとして活躍した。若くしてブエノスに移り住み、進んだ若者たちがたむろしそうなフロリダ通り、レコレータ地区等のストリート・アーティストとして、活動を開始。すぐに、多くのプロデューサーの目にとまり、コスキン祭、ウーゴ・デル・カリル・コンクールなどを総なめにして、オラシオ・フェレールにかわいがられるようになった歌手だ。カリフォルニアで「ブエノスアイレスのマリア」を主演したり、世界的なバレエダンサー、フリオ・ボッカのお別れワールド・ツアーに選ばれ世界を巡った後、2006年と2010年の2度、エル・アランケと共に来日している。今も、タンゴの枠を超えて活躍する彼女だが、フェレール関係の行事には、必ず参加してきていると言うが、この日もフェレールの思い出話,特に最初に彼と会い、励まされた秘話を披露しながら、フェレールとの思い出の曲ばかりを、ピアニストのフリアン・カエイロを従えて堂々とした歌を聴かせてくれた。風格すら感じられる熱唱が続いた。

8月31日(木) 以前から少し気になっていた若者楽団、オルケスタ・ティピカ・オリジェイラが、アバスト・ショッピングのCOTO 側の階段を利用したラス・エスカリナータス・アバストで。この楽団は、本当に若者たちの楽団だが、昔気質のスタイルで昔のスタイルのタンゴを演奏する若い楽団と言うので気にはしていた。で、映像を見る限りはまだまだ青さの残る楽団だが、どこか惹かれるところもある。「昔のオリジナルアレンジ譜と、自身のアバンギャル度性をバランス良くサウンド化…聴いてみたかったが、どうしても都合がつかなかった。で、周りの仲間に聴いてみると、実はすでに結構良い、と言う仲間もいる。この程度なら、日本の楽団の方が…と思っていたが、向こうの楽団は成長のスピードが恐ろしく早い場合もあるから、今回は必ずチェックしておきたかったが。聴けなくて残念。今後も追いかけてみたい。

 そして、来春来日する「キンテート・デル・アンヘル」のこのフェスティバル企画が、実は9月2日、つまりオベリスコ下での決勝の日に組まれていて、今回はスケジューリングに頭を悩ませていたら、アルゼンチンタンゴ協会のシルビーナ・ダミアーニさんの特別企画で、8月31日22:00から、あのトロイロもデビューしたと言われる歴史的なタンゴ・スポット「マラブー」で開催されることになった。

Marabúでのキンテート・デル・アンヘルのチラシ

 しかも、歌手も日本にやってくるバネッサ・キロスだという。実は、今回アルゼンチンに到着してすぐのころ、リーダーのウンベルト・リドルフィから電話があって、彼らのリハーサルがカサ・デル・タンゴでやっているというので行ってきていた。バネッサとの合わせが中心のリハで、マイクや音響設備も用意しているわけではないという。挨拶代わり、かなり気楽に出かけた。しかし、最初の生音のアンサンブルの爆音を聞いて驚いた。リドルフィ兄妹(いずれもコロン劇場ブエノスアイレス・フィルのソリスタ)が中心のキンテートなのに…まず最初の生音の強さに驚いた。マイク等全く必要のない、生音だけで十分感動できるアンサンブルが鳴り響いたのだ。ウンベルトももう日本にも何度もきているが、彼の力が一番発揮できているのが少し前までのクアルテート・デル・アンヘルだったが、そこに妹でビオラのエリザベスが加わって完璧なサウンドが完成。こんな強力なキンテートはここ数年聴いたことのない見事なアンサンブルだった。
 で、「マラブー」の夜。客の質も最高級のタンゴ・ファンばかり。しかも、マラブーも昨年ミロンガに来ていたときとは見違えるほどの美しい空間に生まれ変わっていた。今でも国民的な人気を誇るトロイロがデビューした歴史的名店での演奏だ。しかも、バーや壁のデザインも、言うことなし。もちろん、バネッサの歌も、今度は完全に仕上がっていて、感動ものだった。来春の公演は是非楽しみにしていてほしい。

彼らの実は本拠地、コロン劇場で。

9月1日(金) もう明日がオべリスコ下での決勝大会。出場ダンサーたちはまさにそれどころではない中、USINA DEL ARTEのオーディトリアムでは、セステート・マジョールのリーダーで、「タンゴ・アルヘンティーノ」を始動し、現在のダンス・ブームの端緒を開いた故ホセ・リベルテーラの生誕90年を祝うイベント。セステート・タンゴは現在はオラシオ・ロモと仲間たちに引き継がれて主に活動を続けているが、リベルテーラは、確かに世界中のタンゴダンサーには、もっともっと感謝されなくてはならない音楽家だ。セステート・マジョールは普段からいくつかのタンゴハウスで普通に活動しているから、サウンドのまとまりも格段に良い。生前のリベルテーラが「バンドネオンは俺より数倍上手い」と言っていたとおり、ロモのバンドネオンは、技術だけでなく、タンゴを深く理解しているから、大物歌手たちからのソロでの伴奏依頼はますます増えている。リベルテーラ譲りの力強く、楽しいサウンドがオーディトリウム一杯に鳴り響いた。

  そして、明日が決勝なので準備、している暇なく、その夜中、私は、大切な友人たちと一緒に、国会議事堂付近の「ミロンガ・ナシオナル」に。超の字の着く混雑だったが、来ているダンサーも見たことがある顔が多い。ガスパルとか、ホルヘとか….審査員のはずの男に、出場者もいる。しかもデモまでする。そのデモの主はディエゴ&アルダナ。

NacionalでのDiego&Aldanaのデモ

 ディエゴのカップルは、本当は選手権に出るレベルのダンサーたちではない。すでに彼らだけの独自の素晴らしいスタイルを作り上げて、どこにいても絶賛される実力だ。この夜もスケールの大きな圧巻のステップを披露してくれた。友人のミニストロ・ヤマモトが気軽に誘って踊っているのは、あのガビートのパートナー、マルセラ・ドゥランに違いない。ブエノスのミロンガ界の錚々たるメンバーが集まってきていたが、彼らの見事と言うしかないダンスの時だけは、全員がそのステップに夢中。終わると、物凄い拍手が続いた。

 そして、雨も降らずに実行できたディアゴナル・ノルテでの決勝が終わった翌日。
9月3日(日)このフェスティバルの期間中、ブエノスアイレスのミロンガを巡る夜と言うのがある。3日23:00からは「ラ・ビルータ」の番。ビルータは、最も有名なミロンガの一つで、さすがにそこまでは付き合えなかったが、勝ったカップルも負けてしまったカップルも、長い間の練習から解放されて思い切り踊り狂ったに違いない。

 ここで紹介出来たのは、期間中に開催されたイベントのほんの一握りだ。他にも毎日タンゴダンスの初心者や子供対象のダンス入門クラスから、タンゴの難しいレクチャーや討論会まで、いろいろありすぎて、とても紹介しきれない。目が覚めてから、夜中に眠るまでタンゴに浸りたいと思う人には、この世界選手権の時期に合わせてブエノスを訪れるのが一番だ。選手権の方でも、近年のチャンピオンたちは,こぞってピスタもステージも、さらには音楽の研究にも余念がない。体操競技ではないが、ピスタとステージを併せた総合チャンピオンがあってもおかしくない時代になってきた気もする。

 われこそが一番のタンゲーロ、タンゲーラを自認している人は、是非来年の選手権の時期にこそ、ブエノスに足を伸ばしてみては?

(ラティーナ2023年9月) 

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