[2023.3]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~6】 AD(山崎昭典 x drowsiness)feat. 鈴木昭男、安田敦美 / Ta Yu Ta I
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
2001年から03年にかけて日本のサウンド・アートの先駆者である鈴木昭男のアシスタントとしていくつかの作品の録音に関わり、その後も昭男氏が聴いている音を求めて京都北部の丹後半島に在住しながら活動を続けるギタリスト/作曲家の山崎昭典。05年にリリースされた彼の初のアルバム『RED FIELD』は、クラシック・ギターの演奏と電子音響を独自のスタンスで融合したもので、その研ぎ澄まされた響きに満ちたサウンドは、ポスト・クラシカル系などがより幅広く聴かれるようになった近年の方がピンとくる聴き手が多いような気がするし、エグベルト・ジスモンチがECMに残した静謐な録音あたりにも通じるところがある興味深い作品だった。
今回に紹介するADは、同じくギタリスト/作曲家であり、山崎が14年にリリースした2枚目のアルバム『海のエチュード』を聴いて感銘を受けたことから交流を深めてきたdrowsinessとのユニットで、東京と京丹後のスタジオでレコーディングを行うようになりながら、2020年3月には鈴木昭男のイベントにもオープニングアクトとして出演している。ADとしては22年に初のアルバム『Shallow Water』をデジタル・リリースしており、山崎のアコースティック・ギターや音響とdrouwsinessのエフェクトなどを多用したエレクトリック・ギターのデュオで奏でられる音は、ミニマル音楽、ポスト・ロック、アンビエントなどに通じる要素を感じさせつつもどれにも収まり切らないもの。台湾のインディ・フォーク・トリオの四枝筆Four Pensとのコラボによる心地よい歌モノ曲も交えながら、親しみやすくも独特の境地を示していた。また、タイトルは〝浅瀬〟を意味し、山崎が住む京丹後の美しい海が大きなインスピレーション源となっていることも重要だろう。
そして、『RED FIELD』と同じく大阪のForever Recordsが主宰するレーベルであるHören から発表された最新アルバム『Ta Yu Ta I(たゆたい)』は、サウンド・アーティストの鈴木昭男とヴォーカリストの安田敦美を迎え、ポスト・ロックなどとの親和性が高いアプローチだった前作とはまた違った領域へとディープに踏み込んだ作品となっている。能楽で使われる笛や、もっとプリミティヴな古代笛に通じるような昭男氏のストーン・フルート(石笛)の演奏をフィーチャーした冒頭の「祝吹」から、聴く者は時代性やジャンルを超越した安易にカテゴライズできない音世界へと導かれるが、入口としてはそこに和アンビエント的な要素や、スピリチュアルと形容される音楽に通じるものなどを聴き取っても構わないだろう。ただ、このアルバムを聴き進めるうちに、おそらく多くのリスナーは音楽に付随する様々な記号性を剥ぎ取られ、昭男氏が言うところの〝裸の耳〟で<音の場>に接するという感覚に近付いていくことになる。ADの2人が奏でるアコースティック/エレクトリックなギター、全6曲において石笛、筒形のアナラポス、鉄琴のようにも奏でられるグラス・ハーモニカといった創作楽器を用いて求心力の高い音を発する鈴木昭男、そして2曲で加わる安田敦美のヴォイスが織りなすサウンドは、美しくも刺激的であり、このアルバムに寄せたコメントで山崎が書いているように「(京丹後の)スタジオ裏の森から聞こえる有機的な響きに通じている」ような、自然界で鳴っている様々な音に楽器やヴォイスを用いて迫ったようなイマジネイティヴなものとなっている。
音響派、アンビエント~ニューエイジ、ミニマル音楽、ポスト・クラシカル、フリー・インプロヴィゼーション、ノイズ、あるいは民族音楽など。『Ta Yu Ta I(たゆたい)』で聴くことができる音楽はあやゆる方向からアクセス可能だが、それらのどれにも分類することはできないものではある。ただ、それは決して難解なものではないし、ギタリスト/ダクソフォン奏者/作曲家の内橋和久さんがコメントにおいて「耳を洗う音楽」と評しているように、聴き終えた後に音楽と向き合う耳が刷新されたような感覚を覚えるのは、きっと僕だけではないだろう。個人的には、作品全体からどことなく聴き取ることができるアジア的な部分にも惹かれて、ワールド・ミュージック周縁の注目作をピックアップするこのコーナーでも取り上げることにしたが、聴く人によって喚起されるものは様々だと思う。ぜひともピュアな耳で、研ぎ澄まされた音に満ちた『Ta Yu Ta I(たゆたい)』に接してみてほしい。
(ラティーナ2023年3月)
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