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[2024.9]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」 ㊿】 Liniker 『Caju』

文:中原 仁

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 現代ブラジルのLGBTQ+アーティスト・パワーを代表する存在の、リニケル。2021年に発表した初ソロ名義のサード・アルバム『Indigo Borboleta Anil』が大ヒットし、2022年発表のラテン・グラミーで「ベストMPBアルバム」を受賞した。
 日本でも「2021年ブラジル・ディスク大賞」音楽関係者投票部門で、マリーザ・モンチの『Portas』(一般投票1位)、カエターノ・ヴェローゾの『Meu Coco』(一般投票2位)といった強豪を抑えて第1位に選ばれた。僕も関係者投票のコメントに「二強の影に隠れがちだが、リニケルは1位でも不思議じゃない大傑作」と記した。

  『Indigo Borboleta Anil』は、本連載の2021年11月号で紹介したので、リニケルのプロフィールともどもご参照ください。

  それから3年。待望のニューアルバム『Caju』は、期待に違わぬ入魂の作品だ。まず特徴的なことは、5分前後の曲が中心で7分を超える曲も複数あり、14曲で約70分のロングサイズ。サブスク時代を迎え、楽曲の時間、アルバム全体の時間が短縮されることが一般化したのに逆行する気迫が頼もしい。
 前作よりも明快なブラジルのリズムに根差した曲の比率が高いので、ロングサイズでも飽きない聴きやすさもある。
 プロデュース・チームは前作同様、自身とフェジュッカ、グスタヴォ・ルイスのトリオ。曲によって多彩なゲストと共演している。
 タイトルの「カジュー」はブラジルを代表する果実で、出っ張ったタネの部分がカシューナッツになるわけだが、このアルバムでのカジューは人名で、“Quem é Caju?(カジューは誰?)” の問いがアルバムのリリース前からリニケルのSNSなどで飛び交っていた。
 カジューは誰? では、曲順に紹介していこう。

 オープニングの「Caju」はいきなり、空港での日本語のアナウンスで始まる。話しているのが日系人らしく、ちょっと聞き取りづらい言葉もあるが、“この飛行機は日本を出発し、各地に向かいます” とアナウンス。70分間の音楽の旅の始まりだ。

 先行配信された曲「Tudo」は、サンバソウル調の快適飛行。歌詞は愛の語りかけで、“私たちに必要なのは夢みることを学ぶこと” と歌う。この曲のMVもある。

 “マロンのベルベット” を意味する「Veludo Marrom」は、ギターをバックにしっとりと歌うラヴソングだが後半、オルケストラ・ジャズ・シンフォニカとコーラスが入り、ゴスペル的に展開する。

 「Ao Teu Lado」もスローテンポの官能的なラヴソング。10月末から11月に再来日するアマーロ・フレイタスが共作、自身のアルバムでのアグレッシヴな演奏とは対照的に繊細なピアノを弾き、アナヴィトーリアの2人が美声を披露。この曲にもオルケストラ・ジャズ・シンフォニカが参加している。

 一転してアフロ・バイーアへ。「Me Ajude a Salvar os Domingos」ではアギダヴィ・ド・ジェージのリーダー、ルイジーニョ・ド・ジェージの息子、カイナン・ド・ジェージらのパーカッションが活躍する。後半のインスト・パートではダブ成分もまじえ、往年のブルース・ロック調のギター・ソロ。じっくり聴きこめる7分余だ。

  「Negona dos Olhos Terríveis」はバイアーアナシステムとの共演で、同バンドのホベルト・バヘット、フッソ・パッサプッソとリニケル・チーム3人との共作。サンバヘギとカンドンブレの6/8リズムの交錯も効いている。バイーア繋がりのこの2曲が、個人的にはアルバムの中のハイライト・シーンだ。

 快適なサンバソウルの「Mayonga」は唯一の2分台の、ラジオ向きの曲。バイーア出身、20代前半のメリーと共作・デュエットする「Papo de Edredom」は本作で初めて登場したネオ・ソウル調の、ベッドタイム・ストーリー的な曲。続く「Popstar」もネオ・ソウル調だ。

 「Febre」は90年代後半のポップ・パゴーヂを思わせる曲。リニケル自作だが、あれ?誰のカヴァーだっけ?と思ってしまう "既聴感" がメロディーにも歌詞にもある。かつての人気パゴーヂ・バンド、ボカロカの名前も歌詞に歌い込んでいる。

 パゴーヂの次はブレーガだ。ペルナンブーコ出身のプリシラ・セナと共演した「Pote de ouro」はマルシオ・アランチスが共作、共同プロデュースしている。

 「Deixa Estar」はリニケル自作だが、ゲスト参加してギターも弾くルル・サントスの90年代末~2000年代前半の音楽へのオマージュとも聴きとれるダンス・トラック。
 後半、ドラァグクイーン歌手の最高峰、パブロ・ヴィタールがゲスト参加。パブロと言えば、セヴダリザ(イラン生まれオランダ在住)を軸とする多国籍・多言語トリオの共演曲「Alibi」がこの夏、メガヒット。Spotifyでの再生回数2億回を突破している。参考までにどうぞ。

  現在進行形のダンス・トラックへ。「So Special」は売れっ子サウンド・プロデューサー・デュオ、トロッピキラズとのコラボ曲(共作、共同プロデュース)で、歌詞は英語。

 このように広義のブラック・ミュージックに根差し、約2曲単位でさまざまな時代と音楽への旅を繰り広げる『Caju』。最後はリニケルがカジューへの手紙を読む「Take Your Time e Relaxe」。自身の内面との対話を綴っているようにも聴ける。リニケルの偽らざる本心が歌詞を通じて浮かび上がるアルバムだ。

 カジューは、誰だ? 

(ラティーナ2024年9月) 





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