[2023.4]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~7】 アルージ・アフタブ(Arooj Aftab / パキスタン)
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
インドやパキスタンといった南アジアの国々にルーツを持つ移民/ディアスポラのミュージシャンといえば、やはりバングラ・ビートや〝UKエイジアン系〟と称された音楽が隆盛してきたイギリスがとりわけ盛んなイメージが強い。その一方で、近年の米国においては、スティーヴ・コールマンの周辺から頭角を現わし、ラッパーのマイク・ラッドとの共演作やECMにおける諸作によって現代ジャズの先端を示し続けるピアニストのヴィジェイ・アイヤーや、ラヴィ・シャンカールを父に持つシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカール、あるいはその異母妹であるノラ・ジョーンズらが個々に注目を集めてきたが、そこにまた新たな流れを感じさせる逸材として浮上してきたのがアルージ・アフタブだろう。サウジアラビアに生まれたパキスタン人である彼女は、10歳の頃に本国に戻って現代パキスタンを代表するガザルやスーフィー音楽の名歌手であるアビダ・パルヴィーンなどに親しむ一方で、ジェフ・バックリィやレナード・コーエンあたりにも傾倒。バークリー音楽大学に進学して音楽制作とエンジニアリングを学ぶと、その後はNYを拠点に音楽活動を本格化させ、映像作品の音楽なども手がけながら、ミニマル音楽、アンビエント~ニューエイジ、ジャズ、自国のガザルやスーフィー音楽からの影響を独自に融合させたシンガーソングライターとして異彩を放ってきた。
インディー・クラシック系の気鋭レーベルである≪ニュー・アムステルダム≫から2枚のアルバムを発表してきたアルージ・アフタブだが、とりわけ彼女の評価を不動のものとしたのが2021年に発表した通算3枚目のアルバム『Vulture Prince』だろう。ハープ、ギター、弦楽カルテット、シンセなどを伴奏にシンガーソングライター的な魅力を強めた本作に収録された「Mohabbat」は、オバマ元大統領のプレイリストにも選ばれながらより幅広い聴き手からの支持を集め、2022年の第64回グラミー賞において新設された最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス部門を受賞。パキスタン人として初のグラミー受賞という快挙を成し遂げるとともに、名門レーベルの≪ヴァーヴ(Verve)≫と契約し、『Vulture Prince』もアヌーシュカ・シャンカールとの共演曲をボーナス・トラックに加えたデラックス盤として昨年にヴァーヴから再発売された。そして、彼女の次なるステップとしてリリースされたのが、前述のヴィジェイ・アイヤーと、『Vulture Prince』の後半曲にもシンセ奏者として参加し、鬼才マーク・リーボウが率いるセラミック・ドッグのベーシストとしても知られるパキスタン系のマルチ奏者のシャザード・イズマイリーとの連名によるトリオ編成での初作『Love In Exile』であり、従来の録音とはまた違った角度からアフタブの個性を引き出したアルバムとなっている。
このトリオは2018年に初のライブを行っており、その時から事前に何の用意もせずに即興で演奏したにも関わらず、お互いに特別な手応えを感じていたとのこと。今回の『Love In Exile』も、あらかじめ打ち合わせなどをせずにNYのスタジオで録音したものをなるべく編集などもせずに収録した6曲が収められているが、ジャズ、ミニマル音楽、アンビエント、スーフィー音楽、ポスト・ロック、ベース・ミュージックなどの様々な要素を内包しながらもそれらのどれでもなく、しかし3者のならではの個性がしっかりと溶け合った、素晴らしい音の交歓を記録したものとなっている。ガザルの詞の一節なども引用しながらウルドゥー語で歌われるアフタブのボーカルは、前作よりも深みとエモーションを程よく増したものとなっており、彼女が敬愛してやまないアビダ・パルヴィーンに通じるような節回しも随所でよりストレートに聴き取ることができる。とは言ってももちろん、アビダやヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのように本格的なスーフィー音楽のシーンで活動してきた人ではないので、同じような高揚感や声の張りに圧倒されるといったタイプのものではないが、彼女がそうした偉大な歌い手たちの影響を受けつつ、それを独自の現代的なスタイルで継承しているシンガーであることは、従来の作品よりもよく伝わってくるだろう。そんな彼女のルーツにある音楽と現代的な側面の両方に精通し、プレイヤーとしても1音でそれとわかる個性を確立してきたアイヤーとイズマイリーという最高のパートナーを擁して録音された『Love In Exile』は、ネオ・スーフィー音楽としても、現代ジャズのジャンルレスな試みとしても、アンビエントで瞑想的な歌モノとしても味わい深い秀作だ。
(ラティーナ2023年4月)
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