【松田美緒の航海記 ⎯ 1枚のアルバムができるまで④】 Flor Criolla ⎯ 褐色の大地の歌を花束にして ⎯
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Flor Criolla (2010)
⎯ 褐色の大地の歌を花束にして ⎯
文●松田美緒
2007年真冬のブエノスで観たウーゴ・ファトルーソと絶対にいつか一緒に音楽をしたいと思ってから一年、思いがけなくその願いが叶った。共演したのは富山のスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドで、ちょうどウーゴがヤヒロトモヒロさんと出演予定で、ヤヒロさんが二人のドス・オリエンタレスと私と
いうユニットを提案してくれたのだ。
初めてウーゴと二人で音を出した時、その音楽のビッグバンのような創造性と大きさと、人間味あふれる温かさに感極まって泣いてしまった。するとウーゴも泣いていて、二人で泣き笑いして、その時がっちり心が通じ合った気がする。その時に弾いてくれていたのはファドだった。これもまた不思議な話で、2007年にブエノスアイレスのレストランの店先で、ポルトガル人ギタリストのディエゴに声をかけられ、驚きの再会の後コンサートに誘ってくれて、ブエノスでファドを聴くことになった。そのトリオがモンテビデオに行った時にウーゴも観ていて、ファドに感動したそうなのだ。その後ウーゴは私が日本語で歌うようにファドを作ってくれたほど。
それから、ドス・オリエンタレスとツアーをしながら、ウーゴが伝統ポピュラー音楽をいかにリスペクトしているかわかってきて、特にアフロルーツのカンドンベやアフロペルーの曲など痺れるほどかっこいい音楽を教わり、花咲いたのが、このアルバムだ。ウーゴのアレンジで土地に根付いたリズムを歌いたい、私にとって大切なクレオールということ、闇と光、夜と昼、すべてを抱きしめる母なる大地……南米大陸で混ざり合って生まれたすべての歌の花に敬意を込めながら。
レコーディングはウーゴと初共演してからちょうど1年後だったけど、その間に思い出せないほどたくさんの旅があって、いろんな歌を歌う機会をもらった。ポルトガル語圏の8カ国の歌をブラジル大使館で歌ったり、アンゴラ国歌をサッカーの親善試合で歌ったり、スリランカでシンハラ人の友人のPVに出て、仏教の踊りキャンディアンダンスを習ってきたり、リオでジョナサン・ノシター監督の映画にシャーロット・ランプリングの息子の恋人の歌手役で出演して、ハリウッド俳優達の素晴らしき演技を間近で見せてもらったりした。レシフェでペルナンブーコ州日系移民記念コンサートをして、帰国後つのだたかしさんのプロジェクトでガリシアの中世の歌。そして、ベネズエラのマンドリン奏者リカルド・サンドバルと日本、フランスツアーをして、ベネズエラ音楽の凄まじい音楽性に驚嘆した。ベネズエラの早口の歌をスペイン語を歌うことによってグンと喉の奥が開くというか、腹の底からバーンと大きく口を開けて母音を歌うことで、声もよくなった気がする。こうして場所も歌もごちゃ混ぜになった一年の中からこのアルバムは生まれた。
1曲めのエドゥアルド・マテオの「ママに贈る歌」の前にウーゴが朗読してくれた詩「月蝕」は、黒い夜と満月が結ばれて「クレオールの花」が咲く、というイメージで書いた。なぜスペイン語なのに「クレオール」か、と言うと、クレオールを指す言葉、“Creole”、“Crioula”、“Criolla”、“Kriol”という言葉は地域によって肌の色もその対象も違っているから。それはそれで興味深いけれど、混じり合う感覚は「クレオール」というのが一番イメージに近いと思った。日本で「クレオール」というと、学術的な話やニューオリンズ、カリブ海の文学・料理などのイメージもあると思う。私にとって、クレオールは概念でも知識でもない。他人事でもない。カーボヴェルデで洗礼を受けてこのかた、酸いも甘いも愛してやまないもの。それはこの肉体のように、異質なものが混じり合い、器官を形成して、血が通い、心臓が波打ち、生きる魂を乗せている。それが花開く時、暗いストーリーを乗り越える優美なリズムとなって身体中を踊らせる。それが私がこれまでの大西洋の旅とウーゴに教えてもらった豊穣なるクレオールの歌だ。
レコーディングはまず、ウーゴが「これは絶対聴け!」とCDをくれて、痺れてどハマりしたアフロ・ペルーのアルトゥーロ・サンボの曲 “La Noche de Tu Ausencia”「あなたのいない夜」 をツアーの合間にデュオで録音してみた。ピアノと同じ部屋で果たし打ちのように、ノリで一発録音。当時オーマガトキの高木洋司さんもこれはいけるね、とウーゴが来日した時に、他の曲をウーゴ&ヤヒロさん+ゲストでレコーディング。当初、ウーゴに絶対弾いてほしいと思ったのは、自分のオリジナルの “Moreno de Perola”「真珠のモレノ」で、ロマ家族とブダペスト暮らしの時に完成した7拍子の曲だ。海辺のような宇宙のような漆黒と光の混じり合う世界で、褐色のいい男とダンスするようなイメージ。それをウーゴもとても気に入ってくれて、最高のアレンジをしてくれた。歌詞は、いろんな女心が書かれたものを選んだ。サンバ・カンソンの “Molambo” は完全にアフロ・バントゥ系の言葉よね、意味は英語で “Crazy” のような感じだけど、もっと可愛らしい。ウーゴが送ってくれたニコラス・イバルブル作のカンドンベの “Templando Momentos”「時を暖めて」は本当に素敵な曲だ。毎週日曜のカンドンベ隊の行進「ジャマーダ」の時に大きな炎を焚いて、その周りに太鼓の革をぱかっと外して温めることを “Templar”と言うのだそう。そんなふうに時をテンプラする、粋であったかいじゃないか。アルゼンチンの “Las Golondrinas”「つばめ」は故郷を離れる移民を歌う曲で、長年歌ってきたけれど、この時初めてウーゴの感動的なアレンジで録音することができた。録音直前に、“Flor Criolla”というタイトル曲をたくさんの花の名前を入れて、リズミカルに作ってくれた。ベネズエラのホローポ “Pajarito en Sol”「太陽の小鳥」はとんちが効いた歌詞をスウィングしながら歌っていく。相当難しいけれど、歌詞も面白くてウーゴと一緒にやるにはぴったりだと思ったし、ウーゴもノリノリで楽しんでくれた。ジョビンとヴィニシウスの “Se Todos Fossem Iguais a Voce”「すべての人があなたのようだったら」は、ブラジルそのもので、最後にふさわしい至高なる愛の賛歌だから。
録音の二日間、ソワソワしながら、ウーゴはタバコ、私はお菓子を絶え間なく注入したっけ。みんなで手拍子を録ったり楽しかったなあ。気持ちも花盛りのガールだった私は、ブックレットも当時オーマガトキの内山加名芽さんとキャピキャピ言いながら一緒に作った。ジャケット写真も板垣真理子さんとルンルン楽しく白金のクレオールな裏道で撮影。ブックレットの中の写真は、ジョナサン・ノシター監督の奥さんのパウラ・ピランヂーニとイパネマで撮影セッションしたもの。
歌盛り、花盛り、頭の中もお花畑だったけど、一度咲いておいてよかった。
(ラティーナ2022年4月)
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