[2022.1] 【シリーズ:ブラジル音楽の新しい才能⑦】 トゥイオ(Tuyo)
ブラジルのポピュラー音楽の中で頭角を現し始めた新しい才能を紹介するシリーズ。レポートは、ブラジル人音楽ジャーナリストのヂエゴ・ムニス。今回は、クリチーバ出身で、今、全国区で注目される3人組のグループを紹介します。
文●ヂエゴ・ムニス(Diego Muniz)
ブラジル国内のシーンで、作家性の強いインディーズバンドの存在感が、ますます増しています。アナヴィトーリア(Anavitória)、オ・テルノ(O Terno)、バイアーナシステム(BaianaSystem)は、競争の激しいブラジルの音楽市場で、自分たちの活動が認められた例です。
また、インディーズシーンでは、注目される新しい才能が、続々と登場しています。2021年は、トゥイオ(Tuyo)というグループにとって、飛躍の年として記憶されるでしょう。リオ(Lio)、ライ(Lay)、マシャード(Machado)の3人で結成されたこのトリオは、ポエティックなルックスと意思に満ちたサウンドにより、国内外の聴衆に才能をアピールしました。
TUYO
音楽制作が困難な年であったにもかかわらず、バンド「トゥイオ(Tuyo)」にとって、2021年は記憶に残るのに十分な理由がある年だったしょう。
2021年3月には、今回はバーチャルでの開催となった著名な音楽フェス「SXSW」に出演し、ニューヨーク・タイムズ紙はトゥイオのパフォーマンスを、ベスト・パフォーマンスの1つとして選びました。10月には、ブラジルの音楽賞プレミオ・マルチショウの特別審査員部門の「ソング・オブ・ザ・イヤー」と、ラテングラミー賞の「ベスト・ポップ・アルバム」にノミネートされました。(※訳者注:2つの賞とも受賞は逃しました)
「そのようなエピソードは、より多くの人に音楽を届けるという、私たちが最も必要としていることにとって有益です。資金の壁を越え、言葉の壁を越え、多くの人に自分たちの音楽が届きます。このような、アーティストにとって複雑な時代にあって、自分たちの作品を人々に伝えるための様々な方法に出会うことは、非常に重要なことです」と、作曲とヴォーカルを担当するリオ・ソアレス(Lio Soares)は言います。
5年間のキャリアを持つクリチバ出身のトリオ、トゥイオは、2017年のEP『Pra Doer(痛みのために)』と、2018年のアルバム『Pra Curar(癒すために)』で、注目を浴び始めました。レニーニ(Lenine)、バコ・エシュー・ド・ブルーズ(Baco Exu do Blues)、フィオチ(Fióti)、ハシヂ(Rashid)や、バンド「フレズノ(Fresno)」や「テルノ・ヘイ(Terno Rei)」といったアーティストとのコラボレーションも、グループがファンを増やしたことに寄与しました。
インディーロック、フォーク、ポップに、人工的な電子音がミックスされた楽曲で、ハーモニックなヴォーカルが交替で歌い、定義するのが難しい特殊なサウンドを生み出してきました。
「トゥイオの音楽を定義するのはとても難しいのですが、でも、最近、ラテングラミー賞のコンテンポラリー・ポップ部門にノミネートされたことで、コンテンポラリー・ポップに当てはまることがわかりました(笑)。私たちのサウンドが、よりデモクラティック で、より伝わりやすいものになってきているのは嬉しいことです」と、ライは言います。
歌詞の中で、トゥイオは、感情、弱さ、告白についての深い考察を、複雑で詩的な方法で提示しています。
「作曲する際、自分に正直になって、痛みやフラストレーション、苦悩を想定したリハーサルをします。そうすることで、自分の心の自然な動きを理解して、自分が感じていることを恥じることなく、より詳細に表現できるようになるからです」と、ライは明かしています。
2021年に、トゥイオは、2つのヴォリュームに分かれたアルバム『Chegamos sozinhos em casa(我々は独りで家に帰る)』をリリースしました。9曲入りの第1部は5月にリリースされ、ジャロー(Jaloo)、ルカス・シルヴェイラ(Lucas Silveira)、ルカス・カルロス(Luccas Carlos)らがゲストしています。第2部は7月にリリースされ、8曲を収録。レニーニや、ドゥリク(Drik Barbosa)がゲスト参加していました。
「1つのテーマごとにリスナーに伝えることで、重厚な作品が、消化不良にならず、よりわかりやすくするために、アルバムを2つのヴォリュームに分けました。時系列を無視して接触すると、審美的な曲や歌詞のテーマは、かなり混み入ったものになります。私たちは、ストーリーを語る方法が持つ力を信じています」とリオは言います。
バンドの歴史や創作活動についてより詳しく知るために、独占インタビューをご覧ください。
▼
インタビュー
⎯⎯ 音楽制作が困難な年であったにもかかわらず、あなたがたにとって、2021年は記憶に残るのに十分な理由があるでしょう。ニューヨーク・タイムズ紙での好意的な評価や、プレミオ・マルチショウやラテングラミー賞など。困難な状況の中での、これらの出来事は、あなたにとってどのような意味を持つのでしょうか?
Lio このようなエピソードは、より多くの人に音楽を届けるという、私たちが最も必要としていることにとって有益です。資金の壁を越え、言葉の壁を越え、多くの人に自分たちの音楽が届きます。このようなアーティストにとって複雑な時代にあって、自分たちの作品を人々に伝えるための様々な方法に出会うことは、非常に重要なことです。
⎯⎯ あなた方の音楽が、なぜこれほどまでに国際的に評価されるようになったのか。その理由はわかりますか?
Lay インターネットや、私たちが作品を発表しているプラットフォームのおかげで、以前はローカルだった私たちの交流範囲が、日々広がっていると思っています。トゥイオの作品を貫くテーマは単一ではありません。その逆で、感情や苦悩について語ること、世界に存在することとは何かということを考えたときに悩むすべてのものについて語ることは、非常に複数的な問題です。そのためか、私たちの作品のテーマについての話題は、ブラジル国外にも広がっています。感情に国境はありません。そう思うと、日本のように、私たちにとって遠い存在に思える場所でも、私たちの音が流れることを想像しやすくなりました。そのような可能性があることはすごいことです。
⎯⎯ 日本と言えば、日本の文化と何か関わりはありますか?
Lay 私たち3人の中で、日本の文化に最も触れてきたのは私です。10代の頃、リオと一緒にマンガやアニメの世界に出会い、どんどん調べていって、それ以来、沼から抜けられなくなりました。今でも好きな映画の1つに、松本大洋さんの漫画から生まれた『鉄コン筋クリート』があります。うまく言えませんが、この作品は私が曲に書いていることと関連性があり、何に感動してこの仕事を続けているのかを思い出すために、時々この映画を見返しています。
⎯⎯ バンドの始まりの頃のことについて思い出していただけますか? 2016年に、ブラジルではあまり一般的でない3人編成のバンドを結成するというアイデアは、どのように生まれたのでしょうか?
Lay トゥイオの結成の前に、私たちは他の友人たちと一緒に、「シモナミ(Simonami)」というバンドで、何年か活動していました。他の仕事や勉強の関係や、生計を維持することに集中するために、バンドをやめることにしたのですが、私とリオとマシャードは、バンドのない生活に長く耐えることができませんでした(笑)
マシャードは、Soundcloudに留まっていた私たちのそれまでの曲をまとめて、私たちのファーストアルバムを世に出すというアイデアを思いつきました。私たちはそのアルバムを「Tuyo」と名づけました。そうして、私たちのデビューアルバム『Tuyo』が生まれました。『Tuyo』(2016年)は、完全にローファイの美学で作られています。このような始まりがあったからこそ、私たちは演奏を続け、音楽を職業として自分たちの生活を維持できているのです。
⎯⎯ 今までの活動で、トゥイオの制作の条件にはどんな決まりがあり、それはあなたがたの作る音楽にどのような影響を与えていますか?
Lay トゥイオは、常に、その時手元にあるもので、制作してきました。最初は、私たちにはギターが1本と、audacity(無料の音声編集ソフト)がインストールされたノートパソコンしかありませんでした。ローファイの美学
の中で、自分たちの方法を組み立て始めました。少しずつですが、自分たちの作品に投資できるようになりましたが、いつも自分たちがどんな音を出したいのかを考えてきました。このプロセスというのはインディーズバンドにはよくあることですが、このプロセスを経験できたことはとても素晴らしいことだったと感じています。「Natura」の公募の「Natura Musical」のおかげで制作できた『Chegamos Sozinhos em Casa』や、ドキュメンタリー『Fragmentos』の制作を可能にした「Petrobras」の公募の「Petrobras Cultural」といった資金提供によって、現在、私たちの音は当時考えていた音にさらに近づくことができています。
⎯⎯ あなたたちは、現在はブラジルのインディペンデント・ミュージック・シーンをどのように見ていて、その中で自分達はどのような立ち位置にいると考えていますか。
Lay ブラジルの音楽シーンは、常に非常に豊かで、常に完成度の高い状態でした。今、私たちは、タシア・ヘイス(Tassia Reis)、ルエジ・ルナ(Luedji Luna)、ヂジョンガ(Djonga)、フェベイン(Febem)、FBC、デリカ・バルボーザ(Drika Barbosa)などといった、多くの素晴らしいアーティストが周りにいます。最も素晴らしいことの1つは、ジャンルの混合です。音楽家たちは、自分の音楽に興味を持つ層だけでなく、予想外の音楽ファンと出会うことができます。パゴーヂがセルタネージョのファンに届き、ラップがサンバのファンに届き、ファンキはますます一般に浸透し、ポップスは以前は「アンダーグラウンド過ぎた」音楽を全て受け入れ、「アンダーグラウンド」の音楽が特定のファン意外にも聴かれる音楽になっています。それが魅力だと思います。みんながみんなに声をかけて、違う世界がぶつかり合っていて、私たちトゥイオもその環の中にいるグループの1つです。尊敬するアーティストに声をかることができ、そして、時にはコラボレーションすることができます。
⎯⎯ リオ ⎯ サンパウロ以外の地域で音楽活動をするのは、まだ難しいのでしょうか。それとも、インターネットがこの壁を少しでも取り除いたのでしょうか?
Lay ブラジルの様々な公募による支援と同等に、インターネットが、この壁を破るのに大いに役立ったのは確かです。また、いくつか、ライヴツアーの条件を提示してくれた企業もありましたが、パンデミックの時期にライヴを行うことはできませんでした。それでも、可能な限りあらゆる場所で演奏し、私たちの音楽を聴いてくる人たちの目を見て、インターネット上で意見を交換するという私たちの姿勢は、これまでも今も変わりません。
⎯⎯ トゥイオにとっての最大のリファレンスは何ですか? また、それらはあなたがたの創作活動にどのように関わっていますか?
Lio リファレンスについて話すのはちょっと可笑しいです。というのも、最終的な私たちの音楽はそれらと、とても遠いものになっていると思っているからです。でも、自分たちの作りたい世界を作るためにリファレンスしたものはあります。私は、『Chegamos Sozinhos Em Casa』は1つの世界であり、別の形で、私たちの親密さの扉を開いていると感じています。
カーク・フランクリン(Kirk Franklin)の音楽は、私たちの手をとってこのアルバムがどこに行くかを導いてくれました。パゴーヂも参考にしたし、マライア・キャリーのような国際的なポップスも参考にしました。いつも聴いていたものとしては、マック・デマルコ(Mac Demarco)やサンダーキャット(Thundercat)があります。
⎯⎯ 創作のプロセスはどのようなものですか?
Lay 『Chegamos Sozinhos em Casa』の前は、トゥイオの創作のプロセスは、もっと個人的なものでした。当時、私たちは一緒に住んでいて、ほとんど全てのことを一緒にしていましたが、でも作曲に関しては、曲と対話するためにそれぞれが1人の時間をもって、それが終わってから一緒に演奏していました。でも、この最新作では、一緒にゼロから作曲する勇気が湧いていました。制作のために「合宿」をして、何日もかけて詩やアイデアを交換しました。
制作のプロセスが変化することを経験するのは興味深いことでした。以前は一緒に住んでいたのに、作曲はそれぞれが行い、今、『Chegamos Sozinhos em Casa』では、それぞれが個人の生活をし始め、私たちは分離のプロセスの中を生きているのに、でも、作曲を一緒に行いました。それは、脆い自分を見つめるための、また別の方法でした。
⎯⎯ グループの最大の魅力の1つは、あなた方のヴォーカルです。緒に歌っても、別々に歌っても、とてもよく合います。グループ内でどのように決めていっているんでしょうか?
Lay いつもとても自然にやってしまっているので、このプロセスを説明するのは、難しいです。それは、子供の頃から一緒に歌ってきたからこその親密さからくるものだと思います。私とリオは姉妹で、お互いの声を理解して育ち、マシャードともロンドリーナで子どもの頃に出会って、一緒にやってきました。一緒に歌うときだけでなく会話している時でも、お互いの声に親近感を持っているということが、一緒に歌う際のちょっとした挑戦の温度感を決めることになります。
⎯⎯ 作曲のインスピレーションは何ですか?バンドのサウンドはどのようなものだと思っていますか?
Lay 私たちのインスピレーションとなっているのは、グループ内での会話です。日々の些細なことから、実存的な危機に至るまで、お互いに意見を交換することで生まれる、生きているとはどういうことかについてのアイデアです。トゥイオのサウンドを定義するのはいつも難しいのですが、最近、ラテングラミー賞にノミネートされたことで、コンテンポラリー・ポップに当てはまることがわかりました(笑)。私たちのサウンドが、よりデモクラティックで、より伝わりやすいものになってきているのは嬉しいことです。なぜなら、最終的に私たちが求めているのは、聞いてもらうこと、理解してもらうことに、他ならないからです。
⎯⎯ あなた方の音楽には、非常に内省的なトーンがあります。痛みを伴う楽曲ですが、それをステージで表現するのはどのような感じですか? 大勢の人の前で自分の気持ちと向き合うのはどのような感じですか?
Lay 多くの人の前で無防備になることで胃が痛くなると同時に、このように自分をさらけ出すことで、とても美しい出来事が起こります。それは、繋がりであり、このように感じるのは自分だけではないと理解することで、孤独からどんどん離れていく感覚です。そして、そのように痛みを感じるのは、私たちが「感じる」メカニズムを長い間衰えさせてきたからです。だからこそ、自分に正直になって、痛みやフラストレーション、苦悩を引き受けるという訓練をするのはいいことだと思います。この訓練で、自分の心の自然な動きを理解して、自分が感じていることを恥じることなく、より詳細に表現できるようになるからです。
⎯⎯ アルバム『Chegamos Sozinhos em Casa』について、創作のプロセスを教えていただけますか?
Lay このアルバムの構想をし始めたのは、2019年の初めです。3人で最初の創造の方向性を決め、それぞれの曲のデモを組み上げ、このアルバムのアイデアを構築しました。そこから、私たちが招待したプロデュサーの仕事に依りながら、このアルバムの物語を考えていきました。ルカス・ホメロ(ルーカス・ロメロ)、ジアンルカ(Gianlucca)、ジャッキ(Jack)、ブルーノ・ジオルジ(Bruno Giorgi)、ルカス・シルヴェイラ(Lucas Silveira)が、このアルバムの音楽制作の冒険に参加した仲間たちです。多くの人の手で作られた作品です。
⎯⎯ このアルバムはとても曲数の多いアルバムです。今の時代に、曲数の多いアルバムをリリースすることは、芸術的に大胆なことと言えるでしょうか? どのようにしてアイデアを思いついたのですか?
Lay 最初から計画されていたものではありませんでしたが、私たちには言いたいことがたくさんあったように思うとともに、アルバムで全てを語ることへの不安は、いつもとても大きいものです。曲をまとめ、アルバムのストーリーを描いていくと、気がついたら19曲のアルバムが出来上がっていました。このアルバムでは多くのことが話されているので、空間をあけることを慎重に考えました。本や映画のように、シナリオを、章ごと、シーンごとに描く。そこで、Vol.1とVol.2に分けて配信することを考えました。また、その後すぐに、アルバムのディレクターズカット版を聴けるデラックスバージョンをリリースしました。そうすることで、アルバムを聴こうと思ったくれた人が、急かされることなく、落ち着いて時間をかけてすべてを消化できると考えました。
⎯⎯ アルバムを2つのボリュームに分けた理由は?
Lio アルバムを分割したのは、1つのテーマごとにリスナーに伝えることで、重厚な作品が、消化不良にならず、よりわかりやすくするため。時系列を無視して接触すると、審美的な曲や歌詞のテーマは、かなり混み入ったものになります。私たちは、ストーリーを語る方法が持つ力を信じています!
⎯⎯ EP『Pra Doer(痛みのために)』とアルバム『Pra Curar(癒しのために)』は、それらの関係は明確でした。アルバム『Chegamos Sozinhos em Casa』はあなた方のディスコグラフィーの中でどのような位置づけにあると思いますか?
Lay 『Chegamos Sozinhos em Casa』では、トゥイオの結成当時からやりたかったもう1つのことで、新しい段階を提示しました。事実をより生々しく、より成熟させ、私たちの関係性を、非小説風に語ろうとしています。このアルバムは、『Pra Doer』や『Pra Curar』で取り上げられたことのいくつかを否定し、常に自分自身に問いかけています。自分自身への問いかけというのは、私たちがよくやることだと思います。自分の人生で一度解決したと宣言した問題に立ち返り、その問題に関して、何が残って、何が消えたのかを理解すること。
⎯⎯ 次のブラジルを代表するビッググループになる準備はできていますか?
Lay コミュニケーションする準備はできていると感じています。より多くの人と意見を交換し、私たちの音楽が世界中で聴かれ理解される状況というのを楽しみにしています。トゥイオが次のブラジルを代表するビッググループになるかどうかはわからないけれど、何が起きても大丈夫なように、準備はしています。
(ラティーナ2022年1月)
(翻訳:花田勝暁)
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…